土佐女子高等学校第106回卒業証書授与式式辞
学校長 石井 道夫
高等学校第106回卒業証書授与式にあたり式辞を申し述べます。
はじめに、本日ご多用にもかかわらず貴重な時間をおささげくださり、ご臨席くださいましたご来賓の皆様に厚く御礼申しあげます。
また、ご列席の保護者の皆様には、お子様方のご卒業を祝し教職員を代表して心よりお慶び申しあげます。おめでとうございます。皆様にはお子様方の人生の基礎となる時期の教育を、本校にお委ねくださり誠に有難うございました。心より御礼申しあげます。
さて、卒業生の皆さんご卒業おめでとうございます。心よりお祝い申しあげその人生に幸多かれと祈ります。
さて、何日か前の朝のことですが、自転車通学の人たちの自転車の後ろに貼られたオレンジ色のステッカーを係りの先生が丁寧に外している姿を見ました。ああ、こういうことの中にも卒業の徴が見てとれるのだなと思ったことでした。
また、ステッカーだけでなく生活の様々な場面で皆さんが身につけていたものが、その役割を終えて置かれていることだろうと思います。そして、白い親子線の入った制服の袖に手を通す仕草も今朝が最後となりました。もう卒業であります。
この時、卒業生となる皆さんの心に去来するものは何でありましょうか。先週の水曜日には後輩たちとの最後の交わりの時となる「予餞会」が開かれましたが、その最初の部分で皆さんの入学から今日までの学校生活がスライドショーの形で紹介されました。一つ一つの写真が思い出の一杯詰まったもので、短い時間でしたが振り返りのよい機会であったかと思いました。
さて、皆さんが高校生活を送った平成18年4月から今日までの約3年間の間に世界の潮流は大きく変化しました。米国の金融危機に端を発した未曾有の経済的暗雲は瞬く間に世界を覆い、貧しさの中にある人はもちろんのこと、富める人の間にも「明日の衣食住がどうなるか分からない」という事態を引き起こしています。
そして、そのような状況の中で世界も人の心も萎縮し始めています。これまで、他人を思い遣る心を多少なりとも持った人達も今では自分のことを考えることで精一杯です。
「明日の衣食住があるのか」これが皆さんを待ち受ける世界の姿であります。このような厳しい現実の中に皆さんは母校となる土佐女子から船出するのであります。
土佐女子は稀に見るという言葉は過ぎるかも知れませんが、浦戸湾に譬えられるような波穏やかな内海的社会であります。しかし、もう明日の船路はそうではありません。そこは荒海であります。少しでも油断し波と風を見誤ればたちどころに破船してしまうほどの厳しい世界であります。
そのような現実は皆さんのような高校生でも感じることが出来るでしょう。進路・進学にもそのような影響が出ています。進学塾によれば今年の大学受験の特徴は「安・近・少」つまり「学費が安く、近い所、受験校の絞り込み」だと言います。現実の前に若い人たちの心も萎縮してしまい勝ちです。
かつて、21世紀の初めに世界の中高生を対象に行われた調査で、日本の中高生の6割は21世紀に希望が持てず、人生目標も、地位や名誉、社会貢献より楽しんで生きることを一番に考えている結果が出ました。あれから約10年経った現在、楽しめる余裕すらなくなった今、同じ調査を行ったら中高生の人達はどう答えるのかと思います。
ところで、皆さんが生活の場としてきた校舎のあちこちに生徒の絵が展示されていることはご承知の通りであります。皆さんも美術の時間に絵筆をとり、様々な絵を描いたことでしょう。そのような皆さんにいまもう一度絵筆を持っていただいて、将来の絵あるいは自画像を描いてくださいとお願いしたら、皆さんはどの様な線で、どの様な色を使いで描くでしょうか。時代にはその時代を反映する色があるとも言われます。
何故この問いを発するかと言いますと、私たちはこの課題を身近なところから与えられているからです。日常の風景に埋もれて目立たないかも知れませんが、追手筋側にある玄関の壁に「風にのせて」と題された狩野信児(かりの・しんじ)さんの手によるレリーフがあり、そこに女性と絵筆とパレットが描かれています。そして、このレリーフは私たち一人ひとりに問い掛けています。貴方はどの様な人生を描こうとしているのですか。人生をどの様な作品にしようと願っているのですか。また、その人生は貴方らしい色使いがありますかと、私たち一人ひとりに問いかけています。
出来れば、今日卒業式の後にでもこのレリーフを見ていただきたいのですが、レリーフにはあと二つの部分があり、その中の一つの部分にはハープとサキソフォンが描かれています。作者の狩野(かりの)さんは土佐女子と音楽の結びつきを考えたようです。皆さんも知っているように、土佐女子には複数の音楽サークルがあります。それは声楽や楽器演奏であったり、声と楽器の融合であったりして土佐女子の音楽の豊かさを示しています。しかし、何といっても全ての生徒に共通の音楽と言えばそれは校歌であります。「オレンジの花咲く国に」の言葉で始まる校歌は、穏やかな表現であるにもかかわらず、聞く者に新鮮な響きを感じさせるとともに、心身を伸び伸びと晴れやかにさせる不思議な力を持っているように感じます。卒業生の皆さんは式の最後に用意された校歌を後輩たちと歌うことで本当に卒業となりますが「オレンジの花咲く国」は好きですか。
私は、「オレンジの・・・」と歌うたびに、いつも心が熱くなります。
また、連想ゲームではありませんが、オレンジで思い出すのが春の遠足の桂浜での皆さんの姿です。春の陽光に眩しいばかりにキラキラ輝く土佐湾と砂浜。その春の大きな風景の中に思い思いに散らばり遊ぶ黄色のジャージ(これをオレンジというのはこじ付けがましいでしょうか)。この日ばかりは学校生活の辛い部分は括弧にいれて実に楽しそうにしていた皆さんの姿は今でも強烈に目に焼きついています。「若さ」とはまことにこの色のことかと思わされました。そしてその溢れんばかりの若さと情熱は、県大会をはじめとする学校内外での諸活動における素晴らしい活躍を通して一層明らかになりました。今日の功労賞の数々はそのあふれる若さと情熱の賜物であります。
レリーフの3つ目の部分は、成長する鳩の姿です。人間が誕生から幼少期、青年期を経て成長し自立して行く人の姿が六つの鳩によって象徴的に描かれています。鳩の姿ははじめ海のものとも山のものとも分からない形になっていますが、次第にしっかりとした形を見せ、最後の部分では羽を大きく広げて大空に向かって飛び立ってゆくように描かれています。一人の人間の人生の完成に向かう姿であります。
レリーフの説明が長くなりましたが、こうして「女性と絵筆とパレット、ハープとサキソフォン、そして、成長する鳩」から成るレリーフは、日々私たちを見つめ、人生に必要な何事かを一人ひとりに問いかけています。
式辞ももうまとめなければなりません。私は、今日穏やかであった土佐女子という名の内海から荒波の待ち受ける社会という外海に打ち出でようとする卒業生の皆さんに外海の厳しさを説きました。しかし、レリーフの紹介をしながら象徴的ではありますが、荒波の世界における生き方について語り掛けました。
その生き方とはまず第1に、自分らしい人生の絵を描こうと絶えず努力すること。第2に、黄色=オレンジを忘れないこと。この色はどんな時も皆さんを勇気づけ、生きる力を与える色であること。若さをいつまでも追い求めること。第3に、成長しようと心掛けること。自立した人生を生きるようにすること、であります。
そして、この3つさえあれば、どのような人生の困難や試練に直面してもこれに耐え、乗り越えることが出来ると確信しています。
今朝、「夢は大きく描けよ乙女」という大見出しで生徒会報の号外が出ました。生徒会と打ち合わせをしたわけではありませんでしたが、人生を描くという言葉が図らずも共通のものとなりました。嬉しく思います。会報に5行の校長からのメッセージを載せていただきましたが、その意味は今お話した通りであります。
最後に、困窮する世界に対する卒業生の皆さんへの期待をお話します。今日の世界の困窮の震源地ともなった米国では、「チェンジ、イエス・ウィ・キャン」を掲げてオバマ大統領が新しく誕生したしたことは皆さんも承知の通りです。彼は就任式の際徒歩で大統領を歓迎する人々の間を行進しました。そして、その隣には大統領夫人となったミシェル夫人の姿がありました。彼女はあの時から「ファースト・レディ」と呼ばれるようになります。米国民は就任式に「ファースト・レディ」となった夫人が何を着るか強い関心を寄せると言います。当日の彼女は報道されたように黄色のワンピースを身につけていました。色使いには賛否両論があったようですが、彼女には黄色を着る明確な意思があった。それは自らの姿で困窮する世界に挑戦し、問題を克服するという意志でありました。そして、その意志の名は「希望」。私たちも黄色を身に付けて成長した。就任式と生活着では大違いかも知れません。また、この世の「ファースト・レディ」にはなれないかも知れません。しかし、人生のファースト・レディにはなれる。何故なら、あのレリーフの指し示す人生を目標に歩めばよいのだから。そして、人生のファースト・レディには人数に制限はないのだから。
そして、黄色のジャーの裏にはこう書いてあります。「明朗、聡明、愛情、気品」これこそ今日の社会が密かに憧れている困窮からの脱出のための手がかりとなる生き方に他ならないものだからです。
そして、今日お集まりのすべての皆様に感謝を込めて、「若さ」と題された、言葉を紹介して式辞をしめくくることにいたします。
これは米国で荒物商を営んでいた人が、その人生の晩年において公にした、聡明にして希望に満ちた言葉であります。
「若さとは人生のある時期のことではなく、心のあり方のことだ、若くあるためには、強い意志力と、優れた構想力と、激しい情熱が必要であり、小心さを圧倒する勇気と、易きにつこうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。
人は歳月を重ねたから老いるのではない。理想を失うときに老いるのである。歳月は皮膚に皺を刻むが、情熱の消滅は魂に皺を刻む。心配、疑い、自己不信、恐れ、絶望?これらのものこそ、成長しようとする精神の息の根を止めてしまう元凶である。
70歳になろうと16歳であろうと、人間の心の中には、驚異に対する憧憬や、星や星のようにきらめく事象や思想に対する驚きや、不屈の闘志や、来るべきものに対する子どものような好奇心や、人生の喜びおよび勝負を求める気持ちが存在するはずなのだ。
人はその信念に比例して若くあり、恐れや絶望に比例して老いる。
大地や人間や神から、美しさ、喜び、勇気、崇高さ、力などを感じ取ることができるかぎり、その人は若いのだ。」
卒業生の皆さん、ご卒業おめでとう。本当におめでとう。またいつの日か。
これをもって、学校長式辞といたします。
土佐女子中学高等学校 学校長 石井 道夫
2009年1月31日