2006年2月15日付けのニューズウィーク日本版(2006/02/08発売号)に「男の子はなぜ女の子より劣るのか」という特集記事が掲載された。性差が学力格差を生む衝撃の事実と「男女別学」という指導法の有効性を最新科学で解き明かしている。学習障害になる小学生男子は女子の2倍、中学生男子の30%が飲酒経験あり、高校中退率は女子より33%も高いなど、男子の学力低下がアメリカでは深刻になっている。女子の学力が相対的に上がる一方、男子の学力がどんどん低下し、そのせいでやる気をなくし、中退に追い込まれる生徒も多い。この30〜40年の間に変化が起こっているのは、1970年代に男女の機会均等法が義務付けられ、男子も女子と同じクラスで全く同じ条件で教えられてきたことに、関係あるのではないかという指摘がある。
女性研究でわかった男児の心理や男の子の危機を救うために男女共学を見直す動きがアメリカでは大きな流れとなって、公立学校にまで及んでいる。
なぜ、別学が大事なのかという点について、「男女別学のススメ」を唱えている開業医で心理学の専門家レナード・サックス博士の著書『男の子の脳、女の子の脳』から紹介したい。
女の子と男の子は生まれつき脳の仕組みに違いがあるから、女の子にトラック、男の子に人形で遊ぶように育てれば、学び方の性差は消えるということはない。しかも脳の様々な機能の発達にも時間的なずれがあり、「女の子のほうが男の子より成長が早い」といった単純な話でもない。学び方の差は、聴く力、対立に対する反応、発達の順序の違いだけではなく、幾何学の学び方、文学の理解の仕方にも脳に基づく一貫した重要な性差がある。子供のころの性差は大人になってからの性差よりも大きい。
女の子と男の子では、遊び方が違う。けんかの仕方も違う。世界の見え方も違う。聞こえ方も違う、リスクに対する評価も違うように女の子と男の子には、組織的な意味合いでの違いがある。女の子と男の子の育て方が異なるのは、女の子と男の子の行動が生まれつき違っているからであり、女の子と男の子の行動が違うのは、それぞれの脳の仕組みが違っていることによる。例えば、男性と女性の脳組織には解剖学的な性差が存在し、左脳は言語、右脳は空間という原則は、男子に当てはまっても女子には当てはまらない。女性の脳は機能が広範囲に分布しており、女性は言語のために脳の両方を使っているから、男性の脳のように機能の細分化がない。
また、女の子の聴覚は生まれつき男の子よりはるかに優れており、音に敏感で、この性差は子供たちが成長するにつれて大きくなる。目の構造にも性差があり、女性は男性より顔の表情を読み取るのがうまい。女の子は生まれつき人の顔の方に興味を持ち、男の子は生まれつき動くものに興味を持つようにできている。
男の子の場合はSAT(大学進学適性試験)のように時間の限られた、ストレスのかかる共通テストになると、しばしば期待以上の点数をとるが、女の子の場合は、学校ではオールAの女の子でも、SATでは満点どころか、期待されるような結果がなかなか出せない。
女の子の場合、ジェンダーを問わない教育のもたらす悪影響は、中学校と高校の年代になってはっきりあらわれる。ジェンダーを問わない教育は、かえってジェンダーの固定観念を強め、物理やコンピュータ科学、三角法、微積分などのクラスを希望する女の子が減るという結果を生んでいる。ジェンダーを問わない教育が、なぜ女の子にとって有害なのかといえば、幾何学の学び方、文学の理解の仕方においても、脳にもとづく一貫した重要な性差があるためだ。空間認知に使われる脳の部位が女性と男性では、まったく違う。女性は迷路の問題を解くのに、話す、理解すると言った外界との相互作用で用いる脳のなかで最も進んだ場所である大脳皮質を使う。一方男性は、空間認知のときに大脳皮質を使わず、大脳皮質とは直接つながっていない脳の奥深くに埋もれた古い神経核の海馬を使って数学の問題を解くから、男の子が女の子と比べてずっと下の年齢で数学そのものになじむことができる。
以上のような違いを隠したり無視したりすべきでなく、理解し、利用することが大切であり、それぞれの性に応じた教育が求められる。
一般的に女の子の学校の成績は、ほとんどの教科、ほとんどの年代で、男の子を上回る。学校の成績がいいのだから、女の子は自分の学力に自信をもっていて、学業面での自己評価も高いだろうと思われるが、女の子は自分の学力を評価するとき、必要以上に批判的になりがちで自信をもてないから、女の子は励まし、自信をつけさせてやることが必要となる。また、中学や高校生の女の子に話す声は、男性が普通の口調で話す声でも当の男性が感じるより10倍大きいので、怒鳴ってなくても女性にとっては怒鳴って聞こえるし、指で机をトントンと叩く音も悩みになるほど、小さな音にも気を散らされやすいから、女の子を教えるときは、余り声を張りあげず、教室から余計な雑音をなくすことが大事になる。
そのように、性差を考慮した教育によって、すべての子どもがその潜在能力を発揮できるようにすることが教育の大きな使命であり、本当に得意な分野を発見できるようにしなければいけないが、この点共学という教育システムでは教育機能を発揮することが難しい。現在の性差を考慮しない共学によって、外国語、美術、音楽といった教科を学ぶ男の子の割合も、数学、コンピュータ科学、物理といった教科を学ぶ女の子の割合も減少している。ジェンダーの固定観念を打ち破るという具体的な方法こそ、「男女別学」で教育を行うことだとレナード・サックスは結論付ける。
彼の理論は、様々な実験や観察に裏付けられたものであり、本校の生徒の実態に照らして考えても共感することが多い。
本校の生徒たちが「なぜ、英検や漢検の合格実績が高いのか」「なぜ部活動が実績をあげているか」「なぜ、礼儀正しいのか」「なぜ、式典が整然と行われるのか」「なぜ、導入したばかりの朝読がスムーズに運用できるのか」「なぜ、頭髪指導が効を奏したのか」「なぜ、朝から自習室の活用や補習に多くが参加するのか」「なぜ、真面目に勉強する生徒が多いのか」「なぜ、心優しい配慮ができるのか」「なぜ、掃除が行き届くのか」「なぜ、親密な友人関係が築けるのか」「なぜ、教員と親しい交流ができるのか」「なぜ、入学後の伸びしろが大きいのか」など、その疑問点に対し、それは本校の指導者の力であり、礼法などのカリキュラムによるところであり、伝統であり、家庭の教育力であり、学校あげての取り組みであるからとこたえてきた。それは間違いないことでもあるが、その最も根底的なところは女性の脳の構造や働きに係わっているということが実験や観察等のデータからも明らかになった。つまり、本校が女子校として、別学の教育を行っている成果であるといえる。
そうした実績を踏まえて、本校教職員たちはこれまで以上に、ジェンダーを理解したうえで、情熱を込め人間性を磨き、指導力を発揮して、知性と自律、豊かな心を育み人格の完成をめざすという土佐女子教育に専念する用意がある。アメリカでは共学化の問題が指摘される中で、日本では共学化が進んでいるが、本校が108年女子教育を貫き実績をあげてきたことに誇りを持ち、女子の脳の構造や働きを考慮し、その特性を生かして女子に最適の教育内容と方法を取り入れた教育を行うことで、本校を飛躍的に発展させたい。