私は先日、不慮の事故で友人を亡くした。遺影に映る彼女の笑顔と、棺の中で眠る穏やかな表情が今でもまざまざと浮かび上がる。私も、彼女の突然の事故死の知らせにより、急に心の平和が乱された。友の死が深い悲しみだったのは当然なのだが、このようなことが日常の中で突然起こったことがとても衝撃だった。そして「心の平和」について考えるようになった。平和というと社会全体のことを考えがちだが、一人一人の心身にとっても「平和」は大きな意義があるのではないだろうか。
そのような目で社会を見てみると、日本では今、「イジメ」が大きな社会問題となっている。いじめがどんなきっかけで起きるのか、だれが被害者で加害者か。心が常に何かと戦っていて、常に緊張状態にあり、いつも誰かを気にしている。私と同じように、心の平和が乱され、前に進む事ができなくなっている子供達がたくさんいるのだと思うと、心苦しくてならない。このような現状を改善する為には、一人一人がそれぞれの存在の大きさに気付き、自分だけでなく他の人の“精神の自由”を尊重する事が何より大切だと思う。
しかし、それとともにやはり、一人の人間として身体が自由に動かせる事も、精神の自由に大きく影響するのではないだろうかと考えられる。
私は、小学校低学年の時に、左腕を複雑骨折した。その間、左手は高い所から釣り下げる形で固定されており、ベッドから下りる事さえも許されなかった。とても不便な思いをした事を覚えている。両腕に荷物を抱えて走る人、運転する人、自転車で急ぐ人など、五体満足な人々を見る度、羨ましくて仕方がなかった。両腕が自由に使える幸せを感じられるのは、それが欠ける辛さを知った人だけ。両足で歩ける幸せを感じられるのは、それが欠ける辛さを知った人だけ。この事が、私が怪我を通して学んだ教訓だ。このような、五体が思いのままにならず、“身体の自由”を損なっている人達を助けたいという思いから、私は看護師を目指す事を決心した。もちろん身体が不自由だからと言って、心が平穏でないとは決して言えない。しかし、私が怪我を通して得たものが、精神的、あるいは身体的に苦しむ人達の役に立つと信じている。
私は、身体の自由と、精神の自由の両方が備わった状態を、その人の「平和」と呼ぶのだと考える。一人一人の「平和」は、他人の悪意によって害されるべきではない。平和を目指して生きる中で、自ら守り、育てていかなければならないものだと思う。世界中で起こっている戦争は、“身体の自由”と“精神の自由”の両方が傷付けられるものだが、そんな状況の中でも、自分の中の「平和」を守り、他人の「平和」も尊重すれば、考え方の違いを責めあうのではなく認めあうようになり、戦争もなくなるのではないだろうか。
大きな「平和」はまだまだ実現できないが、少なくとも私達は、自分自身の「平和」を築き、守ることができる環境にある。平和な暮らしの為に少しでも貢献できるよう、私は看護の道を目指し、全力で人々の力になりたいと考えている。
[自由民権記念館にて開催の「高知市平和の日」記念事業にて発表]
終戦後、七〇万人という日本人がシベリアに抑留され、苦しく脅威にさらされた日々を送っていたという事実をこの本によって私は初めて知り、強い衝撃を受けました。あまりにも悲惨な状況に、胸が締めつけられ、本を閉じようともしましたが、母から「世界が平和であるためには、戦争を知らない私たちが過去の事実と向き合うことはとても大事なこと」と促され、勇気を出して読ませていただきました。
いつまで続くのか分からない極寒の地での過酷な労働、飢えとの戦い、そんな恐怖と不安の日々の中、祖国の土を踏むことなく多くの日本人捕虜が力尽き、亡くなったのです。だれもが生きることへの絶望感でいっぱいだったと思います。
しかし、この絶望の中でも山本幡男という人物は、「白樺のこやしにはならない。必ず生きて帰りましょう」と、どんな厳しい状況に置かれても「ダモイ」への強い信念を持ち続け、人々の生きる支えとなっていたように思います。密告を恐れながらもアムール句会を立ち上げ、俳句を通じて家族や祖国を想い、仲間の心を和らげ、自分のためだけでなく他人にまで楽しみを見出すことのできる山本さんの、生き抜こうとする力、強くて柔軟な精神力には驚かされました。私は、心の中で(必ずダモイしてほしい)と、強く願いながらページを進めていました。しかし、無情にも山本さんは病によってダモイの夢が叶わないまま深い眠りについたのです。山本さんを一日でも早く元気な姿で家族に会わせてあげたかった。そして、日本でまた家族と共に幸せな生活を送ってほしかった。戦争さえなければ、こんな悲しい別れはなかったはずです。山本さんの無念の気持ちを思うと、私はショックと悔しさで涙が溢れました。
山本さんの死は仲間の心を大きく動かしたのです。だれからも尊敬され慕われていた山本さんの遺書を「記憶」という、とても難しい手段を使ってでも家族の元へ届けようと決心した仲間。もしも、遺書の暗記が見つかれば殺されるかもしれません。しかし、だれ一人として逃げ出す人がいなかったのは、人々の山本さんに対する熱い思いが、ダモイへの気持ちをより一層強め、最悪の状況でありながらも生き抜く力を奮い立たせたのではないでしょうか。そして、この生き抜く力が、やがてダモイへの希望の光となるハバロフスク事件を引き起こしたのだと思います。
最近「自殺」という報道をよくニュースや新聞で見ます。先日も近くの町で私と同じ年の女子が自ら命を落とす悲しい出来事がありました。この豊かな現代社会で生きる私達は、シベリアに抑留されていた人々とは比べものにならないほど幸せなはずです。しかし、自分を失うほど便利になり過ぎた現代、私も含め、人は生きるための忍耐力、人への思いやりの心、想像力などが少し欠けているような気がします。もし今、自暴自棄になって「死にたい」と思っている人がいるとしたら、この『ダモイ遥かに』を手にとってほしいです。そして、シベリアの地獄のような収容所に連行されながらも必死で生きよう、日本へダモイしようとあきらめなかった人々の生き様を知ってほしいと思いました。きっと、生きなければ……と、思うはずです。そして生きる力が湧いてくると思います。シベリアで命を奪われた人は何万人といます。何万人もの人が来る日も来る日も苦しみに耐えながら、どれほど生きたいと思ったことでしょう。生きたくても生きられなかった人が大勢いるのです。死ぬ勇気があれば、前に進む勇気に変えてほしいと強く思います。
私は、この本から「生き抜く力」、そして「勇気」を与えてもらいました。これから生きていく中で、様々なことに悩み、苦しみ、困難に立ち向かっていかなければならない時が必ずやってくると思います。もし、自分がめげてしまいそうだったら、何度でもこの本を開き、生き抜く力と勇気をいただくつもりです。
私の人生はまだまだスタートをきったばかりですが、今、自分の命があることに感謝し、山本さんや、無念の死を遂げた人々の気持ちを胸に、未来に向かって勇気と希望を持ち続け、しっかり生き抜いていける強い人間になりたいと思います。
[舞鶴引揚記念館にて開催の「引揚最終船入港五十年」記念行事にて発表]