文武両道を目指して

卓球部顧問 体育科 浜田 美穂 

 私が土佐女子高校に勤めさせていただくようになったのは昭和五十三年四月からで、 今年で二十八年目になります。 この年は、 前年のインターハイ予選で二十数年ぶりに丸の内高校に敗れ、 連続出場の記録が途切れた年でした。 残念ながら今年の卓球部もインターハイ団体戦出場がかないませんでしたので、 これを書くに当たって、 反省すべき点が多々あることに思い至りました。 試合では、 勝つには勝つ下地が、 負けるには負ける原因が必ずあるからです。
 勤務し始めた当時の卓球部は、 伝統のある部にもかかわらず、 少々意気込みに欠けていました。 自分から進んで練習に取り組もうとする選手はわずかで、 「やらされるからやっている」 という趣の生徒がほとんどであるように感じられました。 そんな部員たちを前にして私がまず強く感じたのは、 「どうせやるのなら卓球を好きになってほしい。 そして、 自ら課題を見つけ取り組む選手になってほしい」 ということでした。
 しかし、 選手としてはさまざまな経験を積んできたつもりの私も、 指導となると全くの初心者です。 そこで、 いかにして部員たちの心を動かすか、 試行錯誤の日々が始まりました。
 最初に試みたのは、 生徒の長所、 すなわち得点源となる技術を、 一人ひとりについて考えることでした。 これは自身の現役時代の経験から得た知恵だったのかもしれません。
 私は元来、 運動神経がさほど優れておらず、 中学から大学まで技術面で指導者から誉められた記憶がありません。 私にとってはむしろ叱られるのが当たり前で、 そのことに対してはあまり抵抗がない、 そんな選手でした。
 ところが、 私が社会人になってから指導してくださった方は、 それまでの指導者とは全く違うタイプでした。 練習初日から、 こう仰るのです。
「浜田さんには素質がある。 素質とは運動能力だけではないんだよ。 勘違いしてはいけないよ。」
その後も毎日毎日、 良いところを見つけては誉めてくださいます。 初めはそれらの言葉を疑っていた私も、 次第に 「ひょっとしたら私には素質があるのかもしれない。 もしかしたら、 自分で才能がないと決めつけて、 挑戦する気持ちに甘さが出ているのではないか」 と考えるようになりました。 こうした経験から、 選手に対して、 まずは短所ではなく長所を探し、 それを誉めて育てようと考えたのです。
 当時の部員たちは、 これに素直に乗ってきてくれました。 自分から苦しいトレーニングに挑み始めた者や、 卓球のことをより真剣に考える者が増えてきました。 特に中学生は、 いつも興津中学校に敗れ、 県下ではせいぜい三位がよいところといった成績でしたが、 優勝に向けて走り出しました。
「勝つために必要なものは技術だけではない。 戦術、 体力、 精神状態、 日常生活、 それら全てがそろわないと勝てない。 だからこそ勝利は尊いのだ。」
そういう話をすると、 その意味するところを大変よく理解してくれました。 学業や生活態度といった日常生活のいろいろな面においても努力する生徒が現れ始めました。 もともと伝統のある部なだけに、 一旦走り始めると勢いに乗るのも早かったように感じます。
 また、 土佐女子には手本となるクラブがたくさんありました。 弓道部やバドミントン部、 水泳部の練習を見学したり、 顧問の先生にお話を伺ったり、 見習うべき点は即座に自分たちの練習に活かしました。 北海道で開催されたインターハイには七つの運動部が出場、 「土佐女子強し」 のイメージも定着し、 学校が活気に満ちていました。 これら学内の 『強豪』 を参考にしたことは非常に効果があったと思います。
 そのように指導を続けるうちに、 私が目標に掲げた 「胸に日の丸をつけよう」 を達成する選手がボツボツと登場し始めたのは、 大変嬉しいことでした。 これまでに、 岡本香奈選手 (中央大学)、 横田亜希選手 (青山学院大学)、 宮尾ちさ選手 (中央大学)、 浜田華奈子選手 (中央大学)、 大沢真理子選手 (天理大学)、 藤村淳子選手 (中央大学)、 和田千秋選手 (中央大学)、 河村悠加選手 (京都産業大学)、 伊藤紗織選手 (専修大学)、 野上紗矢佳選手 (中央大学) 等が日本代表として海外で戦いました。
 これらの選手たちにはみな共通点があります。 最初から強かった者は一人もいません。 しかし全員が、 アドバイスを聞く耳を持ち、 それらを敏感に取り込む感性を持っていました。 中には素直に従わないようなふりをする者もいましたが、 教わったことを取り入れているかどうかは、 日々の練習から一目瞭然です。 反対に、 強くならない生徒にはそういった感性や心構えがありません。 その場ではよく頷き、 よく聞いているような顔をしていても、 指導内容を練習に全く反映させられない選手は伸び悩みます。
 最近の生徒たちを見て感じるのは、 こちらの言うことをなかなか理解してくれないということです。 私が何を言わんとしているのか、 その本質が通じにくく、 やさしく噛み砕いて説明しているうちに、 今度は私の方が何を話していたのか分からなくなり、 混乱してしまうことも珍しくありません。 同じことを伝えるのに、 往時の倍もの時間を要する場合もあります。 「これはもしかすると私が化石になりつつあるのかもしれない」 という不安がよぎるこの頃です。 これからは従来の方法に甘んじるのではなく、 現在の生徒に即した指導方法へと修正、 あるいは新たな指導法を模索しなければなりません。 前に述べたように、 今年は明徳義塾高校に敗れてインターハイ団体戦出場の切符を逃してしまいました。 そういった意味でも、 「出直し」 のよい機会になったと思います。
 この二十八年間、 部活動指導を続けてこられたのは、 仕事帰りでも毎日のように練習場に足を運んでくれる友人等、 よいスタッフに恵まれたことが大きな要因の一つです。 また、 長く指導を続けて最も嬉しいのは、 卒業生たちが練習場へ頻繁に訪れてくれることです。 久しぶりの帰省なのに、 実家へ帰るよりも先に顔を見せてくれる、 空港から練習場へ直行、 という卒業生がたくさんいます。 どれほど後輩たちの励みになっているか分かりません。 また、 卒業生の大半が何歳になっても卓球を続けており、 これは私の誇りです。
 最近では、 かつての教え子の娘や姪といった生徒たちが入部するようになり、 感慨深いものがあります。 あと何年指導に携わることができるか分かりませんが、 今後も、 自分のできる範囲で、 できることを精一杯積み重ねていこうと思います。 「勉学と部活動の両立」 をスローガンに掲げて……。

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