規範意識の変化について

生徒部長 井上 晶博 

 今年から生徒部の仕事をさせていただいております。内容は、生徒指導全般、生徒会活動や部活動といった課外活動、自転車などの安全指導、修学旅行などの行事計画等々多岐にわたっており、なかなか目の届かないことが多く反省ばかりの毎日です。
 その中で先日、始業式において全校生徒に次のようなことを話しました。「規範意識を高めよう。簡単に言うと校則(本校では生徒会申し合わせ事項)などのルールを守ろう。」ということです。ごく簡単なことに思えるのですが、最近はなかなかそれができない生徒が多くなっているように感じます。その感じ方が正しいのか間違っているのか、それについての答えは簡単には見つからないのですが、自分自身のことや前任校での経験などを思い出しながら考えてみたいと思います。
 私の高校時代というと昭和40年代前半、大学では学生運動が最も盛んな時代でした。
その影響があったのか、権威に逆らうことが正義であるというような風潮が見られたことは確かです。部活の先輩に、校則違反の長髪で登校し、先生方と激しくやりあった方がいたました。これなども既成の権威に対する反抗という側面があったように思います。普通の校則違反をする友人も無論いました。今と同じようにちょっとした違反がほとんどですが、男子が多い学校だったせいか、まれに飲酒・喫煙などという違反もありました。ですから、今思い返してみても、現在と比較して当時の高校生の規範意識が高かったとは言い切れない気がします。ただ、ルール違反に対する周囲の目は現在よりも厳しかったように思います(反面一部のことについては甚だ寛容なこともありましたが)。それは親や先生だけでなく周りの大人たちの目です。
 平成4年から本校にお世話になっていますが、それまでの20年弱は大阪で私立の女子高校に奉職していました。その当時、普通科と商業科、家庭科を持ち、各学年が約600名・14クラスの大規模校でした。生徒はごく大人しい子供たちと、ルール違反(服装・頭髪違反や化粧など)はいつもの事という子供たちに二分されていました。当然、違反を繰り返す生徒たちの規範意識は低く、何度注意してもなかなか改まらない生徒もいました(そのような生徒たちに対する指導は結構厳しかったように思います)。学力レベルも低く、決して進学校とは呼べない学校でしたが、生徒たちは明るく元気で挨拶の大きな声がいつも聞こえるという具合でした。その当時、幾度となく同僚たちと「生徒たちは何故ルールを守れないのか」と議論を交わしたことを覚えています。明確な結論はでなかったのですが、「生徒たちにその自覚があまりないことが一番ではないか。その原因の一つには、家庭環境を含む家庭教育の脆弱さや母校の世間的評価からくる劣等感があるのでは。」という話になったように記憶しています。家庭環境についてはさておき、「プライドを持てないこと」が総てとはいえないまでも主な原因では、と思えてなりませんでした。というのも、大阪でも上位を占めたいくつかの運動部の生徒たちは、その部に所属しているという強烈な自負があり、その結果として規範意識が非常に高かったということがあったからです。
 さて、こんなことを考えながら今の本校生徒を見てみると、平成4年に初めて本校の教壇に立ったときと比べてルールを守れない生徒が増えているように見えます。しかし、生徒の内面的な部分ではそんなに大きく変わっていないというのが正直な感想です。現代は総てについて良くも悪くもボーダーレスの時代と言えます。世間一般にルールの境目があいまいになってきて、我々も含めて親や周りの大人たちが、規律を守らせるということに対して寛容になりすぎている感じがします。それだけが原因とは言いませんが、結果としてルールを守れない生徒が増えている気がします。
 規範意識はいつの時代もそんなに変わらないのかもしれません。ただ、生徒たちに自分自身や母校対する誇りを持たせることや、ただ厳しくすれば良いというのではないが、いけないことを「いけない」と言える周りのサポートによってもっと高めることができるのではないかと考えています。 

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