まだ見ぬ世界を求めて

103回生   杉野 舞 

 私は現在東京外国語大学外国語学部東南アジア課程カンボジア専攻の三年生で、カンボジア語を主に勉強しています。
 皆さんはカンボジアという国を知っていますか?どこにあるか分かりますか?よく、「カンボジアってアフリカにある国でしょ?」とか、「危険な国なんでしょ?」などと尋ねられます。とんでもない。カンボジアは我々の日本と同じアジアの国の一つです。今から三十年ほど前に内戦がありましたが、現在は治安もだいぶ安定してきました。参考までにカンボジアの基本情報を紹介します。
 カンボジアはタイとベトナムとラオスに囲まれた東南アジアの国です。国土面積は約一八万平方キロで日本の半分程度、人口はおよそ一三〇〇万人で日本の十分の一です。カンボジアは世界遺産のアンコールワットがあることで知られています。
 また、テレビなどでカンボジアを紹介する時の影響で、カンボジア=田舎、発展途上国のイメージが強いかもしれませんが、首都プノンペンなど開発が進んでいる都市もあります。
 日本ではカンボジアのことはあまり知られていませんが、日本とカンボジアにはいくつかのつながりがあります。
 まず、カンボジア人の多くは日本に対して好印象を抱いています。その理由の一つに、日本がODAなどを通じてカンボジアにたくさんの援助を行っていることが挙げられます。例えば日本が資金を援助して造られたカンボジアの橋は「日本―カンボジア友好橋」と名付けられているほどです。このようなことから、日本語を勉強しているカンボジア人が多くいます。毎年三百人近いカンボジア人が留学生として日本にやってきます。
 反対に、カンボジアから日本に入ってくるものもあります。例えば皆さんも毎日履いている革靴。日本が輸入している革靴は、アジアの中ではカンボジア製のものが中国に次いで二番目に多いのです。また、余談になりますがカボチャのネーミングもカンボジアが由来になったと言われています。
 カンボジアのことを語る上で忘れてはならないのがカンボジアで起きた惨事、内戦です。一九七五年から一九七九年までの四年間、カンボジアではポル・ポトという人物が極端な共産主義をもって国を急進的に改革しようとしました。謀反を恐れたポル・ポトは賢い人物を排除しようとしました。賢い人物がいなければ謀反を計画する人もいなくなると考えたのです。そのため、教師や医者であるというだけで多くの人が処刑されました。この四年間で、推定一五〇~三〇〇万人の国民が虐殺や病気、飢餓などで尊い命を失いました。たった四年間で当時の人口の四~五人に一人が亡くなったのです。政府のトップが同じ民族を殺すように命じるという、とても残酷な実話なのです。
 また、カンボジアは今でも地雷の被害に悩まされています。この地雷は内戦とほぼ時を同じくして起こったベトナム戦争によるものです。現在、大きな観光地や都市部では地雷撤去が完了していますが、地方には未だに地雷が眠っていて住民がその犠牲になっています。
 ところで私がカンボジア専攻を選択した理由ですが、はっきりいってしまえばセンター試験に失敗したからです。本当は本大学の英語科かフランス語科を受験しようと思っていました。(私のセンター試験失敗談については、学校広報紙『おれんじ』73号に掲載されているそうなので詳しくはそちらを参照してください。)センター試験が終わった後、二次試験までの残り少ない時間で、私はずっと自身に問いかけました。「自分は何を学びたいのか」と。それまで私はセンター試験の点数こそが全てだと思い、自分の将来のビジョンを立てずに、ひたすら受験勉強に時間を割いていました。考えてもなかなか出口のない将来のことを考えるよりも、目の前にある受験勉強というものをあまりにも優先しすぎました。
 しかし、センター試験に失敗したことが、少しだけ立ち止まって自分を見つめなおす良い機会になりました。そして国際平和や国際協力の分野に興味があることに気が付き、日本と同じアジアの国で、地雷、貧困などのキーワードがまず列挙されるカンボジアを選びました。
 しかしそうはいっても、この大学に入学するまで私もカンボジアのことをほとんど知りませんでした。この大学に入ってカンボジアのことを始め色々なことを学んでから、どんなに自分が“井の中の蛙”だったかを思い知らされました。同じアジア人なのにカンボジアのことを何もわかっていなかった自分が情けなくもなりました。同時に、もっと多くの人にカンボジアのことを知ってもらいたいと思うようにもなりました。カンボジアに関する情報はなかなか少ないので、カンボジアについて知ることも必然的に難しいと思います。だからこそ今回この記事を読んで少しでもカンボジアに興味を持ってもらえれば幸いです。
また、自分自身についてもカンボジアに限らずもっと色々なことに興味を持って臨むようにしようと思うようになりました。色々なことに興味を持つ、というのは自分の視野を広げることです。私の場合、カンボジアから東南アジア、さらにはアジアという風に視野を広げました。また、部活動やアルバイトも広い視点で物事を考える良いきっかけとなりました。
特に部活動が私に与えた影響は大きかったと思います。私はベリーダンス部に所属していて、現在その部長を務めています。ベリーダンスは最近有名になってきましたが、エジプトやトルコの舞踊で、ベリー(belly)とはお腹を指し、お腹や腰の動きを中心とした妖艶な踊りです。初めは外語大らしい部活だと思って入部しましたが、決して楽な部活ではありません。部員数も年々増え、四十人近い部員をまとめるのも一苦労です。しかし、普通に大学生活を送っていれば絶対にできなかった良い経験ができています。また、ベリーダンスから派生して中東、アフリカなどへの興味が湧き、アジア以外のことを知るきっかけにもなっています。
世の中には皆さんが知らない世界がまだまだたくさんあります。まずは自分の興味のあることから、どんどん視野を広げていって下さい。限られた中で物事を考えていては皆さんに満ち溢れている可能性が狭まってしまいます。色々なことに積極的に参加して、「知る」ことに貪欲になって下さい。そうすれば充実した学校生活、大学生活が送れると思います。

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