◇校友として
本校の同窓会組織である「土佐女子校校友会」は、百有余年の伝統にふさわしい二万七千名を超える会員を擁しています。関東、近畿など複数の支部に分かれ、それぞれ支部総会や懇親会を開催するなど、会員同士の親交を深めるとともに、卒業生の活躍を見守ってきました。
関東支部は毎年支部総会を開いています。幹事は学年交替ですが、一昨年度は丁度私たちの学年が当番だったこともあり、高知から、石川校長先生(当時)、旧職員の先生方、荒川先生、井脇先生らとともに新宿のホテルで行われた支部総会に出席しました。
かつての同級生たちと久々の再会を喜んだその後、幹事の皆さんの企画力とネットワークに私はすっかり感服してしまいました。彼女たちを、土佐弁だと「分が立つ」と言うのでしょうか。余興としてマジックあり、ピアノやバイオリンの生演奏あり、現在の学校の様子を撮影したスライド上映あり。しかもナレーションは幹事団、演奏者も関東在住の校友、と単なる同窓会にしては水準の高い、一つのイベントとしても成功するかと思われるエンターテイメント性の高い内容に、出席者一同、大変満足したことでした。
そのノウハウを受け継いで、五年に一度の学年同窓会を昨年度高知市内で開催しましたが、これもまた非常に盛り上がったことは言うまでもありません。とりわけ、二名の司会者がそれぞれ制服と体操服という出で立ちで登場した時は、会場内が悲鳴にも似た歓声に満ちました。当時と比べれば色や材質に若干の違いはあるものの、二人の姿は参加者を一気にタイムスリップさせるのに十分でした。
人が同窓会に求めるもの、それは「あの頃の自分」です。懐かしい友や恩師に会うだけが同窓会の目的ではないと思います。楽しく明るい希望にあふれていた当時の自分を再発見すること、そしてそれを明日への活力とすること、それも同窓会の大切な「使命」ではないでしょうか。
◇コミュニケーション能力
しかし、同窓会がそのような「使命」を担ったものとなるには、中学・高校時代が学校を中心とした充実したものであるという必要条件があります。平常の学習はもちろん、クラブ活動を始めとする課外活動や行事など、「学校が好き」と思える要素をなるべく多く持ってほしいものです。その際、学校は集団生活の場ですから、コミュニケーション能力が高い方がよいのは言うまでもありません。同窓生の生活や各界における校友の活躍にしても、人と人とのつながりを抜きにして語れるものはありません。
ところが、現在の子どもたちを見ると、核家族化が進行したためか時間的余裕がないためか、コミュニケーション能力の著しい低下と単純化が心配されます。他人の話を聞けない、自分の考えをうまく伝えられない、会話にふくらみを持たせられないなど、コミュニケーション不足のために起きるトラブルは大小さまざまに増加する一方です。それなのに、それらを回避したり解決したりといった力は年々弱まっており、問題が深刻化しやすい状況にあるように感じます。
最近、生徒たちの興味深い風習に気づきました。学校生活に慣れた四月下旬から五月にかけて、ホーム内でプロフィールカードなるものが回されているのです。カラフルで愛らしいイラストが入ったカードに名前やメッセージなどを適宜記入してもらうという、昔から卒業シーズンになると出回るサイン帳のようなものです。同じクラスになったばかりの生徒が交換するのは不思議な光景でしたが、生徒たちは「名刺」のように捉えていたのかもしれません。
しかし何より、カードにあらかじめ印刷されてある質問項目には仰天しました。生年月日や血液型、好きな食べ物、好きなタレント等々、とにかく細かいのです。第一印象を書く欄まであります。Aさんからカードを受け取ったBさんは、「かわいい」、「おもしろい」などAさんの第一印象を記入します。予想外の第一印象を書かれて傷つく生徒もいたり。受け取ったカードが溜まり、記入に夜中までかかったという生徒もいたようです。
日常接する中でゆっくりと知り合っていくべき事柄や、あえて知らなくてもよい事柄まで一気に詰め込まなくてはならないカード。ここにもコミュニケーション能力の低下と単純化を見るのは考えすぎでしょうか。
このようなコミュニケーション能力の問題は子どもたち同士、あるいは他人同士に限ったことかと言えば、そうとも言えません。最も身近であるはずの親子関係でも、疑問を感じることがあります。
例えば大切なことを決めなければならないとき、お互いが「本音」を出せないために十分な意志の疎通ができず、決められないということがあるようです。日常の些細なことでも、話す習慣ができていないといざというときに自分の意見が言えないのでしょう。お互いの意志を尊重し、親も子も押しつけを嫌う。「けんかになるから面倒な話はしない」のは表面的にはスマートな間柄ですが、子どもの「本音」を知るためには普段からよく聞いて、語って、信頼関係を築いておく必要があるようです。
会話の材料としては新聞やテレビのニュースもあるでしょうが、日常で経験したことを取り上げるとよりスムーズに会話が進むかと思います。今日の食事や、近所の出来事でもよいのではないでしょうか。
◇生きる力を育てる
以前に聞いた、ある保護者(父親)の方の話が忘れられません。
「受験生の娘がわがままを言って困っている。勉強以外は何もしようとしない。高三にもなるのに、生活に必要なことが何もできない。私は今まで娘には勉強だけきちんとしていれば特に何も言わなかったけれど、それは間違っていた。掃除、洗濯、食事の準備などももっとやらせておけばよかった。」
その娘さんは特にクラブ活動をしたわけでもなく、真面目に勉強に励んできたのでしょうが、将来大学に進学し一人暮らしをすることを考えると、親としては不安になったのでしょう。
勉強だけ、あるいはクラブ活動だけをしていればよいのではなくて、毎日の生活を支える事柄、つまり衣食住をきちんと管理できることが、長い目で見るとその人の生きる力となり、気力も充実させるのではないかと思います。
本校には、運動会、隔年開催のバザー(文化祭)、予餞会、研修旅行、遠足などの行事があります。私たちが学生だった時分、これらの学校行事は勉強以外の力をつけるよい機会でした。企画力、運営力、応対・マナーなど、学んだことは数知れません。最近ではキャリア教育の一環として職場体験などが増えていますが、そういう体験も大変有効だと思います。学校と家庭それぞれが、いろいろな経験の場を提供し、生徒の皆さんがそこから自然に学び感じることによって、コミュニケーション能力や生きる力を養って欲しいものです。